鋳鉄ディスクの熱履歴と再研磨(ブレーキング中は変態中)
アナログレコード
鋳鉄のブレーキディスクは、ステンレスに比べ摩耗も速く、すぐに溝ができてしまい、さながらアナログレコードのようになってしまいます。
性能的にも、新品なら良いかというと、熱履歴が進まないと、当たりかハズレかがわからず、ハズレた場合はゆがみやクラックが生じてしまいます。
貴重なレースを失うことになったり、重大な事故になってしまいかねなず、慎重にならざるを得ないので、いきなり新品を使用するのはご法度です。
ディスクの傷(溝)も、パッドを交換した時とかは、パッドとディスクが馴染むまでに時間を要するので、ホイール交換するときにはパッドとセットで交換しなければなりません。
いろいろ取り扱いが面倒なパーツです。
そこで、ディスクの再研磨、というメンテナンス法が浮上してくるのですが、それはそれで、いまいちコストバランスが悪く、あまり馴染みがありませんでした。
そして、あれから数十年、ご時世はいかばかりかと、ブレーキ関連のエキスパートである、中山ライニングさんにお話を伺ってきました。
ディスクの強度と品質
鋳造と鍛造と焼き入れと変態
まずは鉄の加工法の鍛造と鋳造について説明します。
(Wikipedeは何やら難しいので、要約します。間違ってたらごめんなさい)
鍛造は鍛冶屋でおなじみの叩いて加工・成形する技法で、対して溶かした鉄を型に流し込むのが鋳造となります。
鍛造は鉄分子の隙間の空気などを排除することで強度を増すことができるのが特徴です。
勘違いしがちなのは、鍛冶屋が鉄を熱して叩くのは熱間鍛造(対義語は冷間鍛造、中間の温間鍛造もあり)という方法で、焼き入れとは異なります。
鍛造で形を作った加工物と。鋳造で作った加工物も、強度の違いこそあれどちらも加工前の金属と同じ特性のままです。
そこに熱した金属をいきなり冷却するという「焼き入れ」処理を施すと、元の鉄とは性質の異なる、いわば別の金属に成り代わってしまいます。
そしてその変化することを変態といいます。
はじめに焼入れありき
その、焼き入れですが、当初は処理の総称を焼き入れと呼んでいたのかもしれませんが、現在では従来の焼き入れ処理をいくつかに分け、そのうちの一つの処理の呼び名になっています。
この鍛冶屋のあみだした処理が後世科学的に解明され、鍛冶屋の焼入れが一番よい状態であることが証明されたということですね。
用語がだぶるので、ここでは総称の焼き入れ処理を、変態処理と呼んでみます。
ただし世の中では総称として意味で焼き入れという用語は使われているのが大半なので適時読みわけが必要です。
まず変態処理中の加熱温度(焼入れ温度)は950度付近、聞き覚えのある温度ですね。
次に鉄に熱を入れて、そして冷却するときのタイミングで次の呼び名に分類されています。
- 焼戻し (tempering)
- 焼入れ (quenching)
- 焼ならし(normalizing)
- 焼なまし(annealing)
焼入れに対し、焼戻しは、加熱温度を焼入れ温度よりも低温で、時間も短く。
そして焼ならしは、冷却するときの加速度が焼き入れよりもゆっくり冷却する方法。
さらにゆっくり冷却するのが焼きなましと呼び分けられているようです。
熱履歴とは
熱履歴とは、熱処理履歴を略して熱履歴なのですが、素人には、肝心の処理を省いてしまうと、ただの熱を受けた履歴のように、受け取ってしまいます。
これは、鉄業界の人にとっては常識らしい、「鉄は熱を受けて育つ、熱処理によって性質が作られる」ということから、熱履歴というだけで、「鉄の性質が作られる」ことを意味しているようなんですね。
鍛造のための熱間鍛造は、熱履歴処理ではないということになります。
そして変態処理は、一回だけの処理とは限らず、複数回行われたり、その処理の手順やら何やらで、出来上がりが異なってくるようです。
この変態処理の行われた履歴を熱処理履歴、熱履歴と呼ぶということです。
更に、ブレーキディスクの場合は変態処理終了後も、変態処理、あるいは変態処理に近い処理が引き続き行われるという特徴があります。
なんとブレーキング中=変態中ということなんですね。
そしてその変態処理、というか加熱、冷却は、変形などを伴い、そしてある程度の履歴を重ねると落ち着くということですね。
ワークスとプライベーターの熱履歴の違い
さて、やっと本題。
私たちが手に入れるディスクブレーキは、どの程度この変態処理がされているのでしょうか?
実際、一回も変態処理を施してない、製品を販売しても何も間違いではありません。
品質や精度が低くても、価格が安ければよし、という場面はいくらでもあるからです。
そして、良心的に、変態処理を施されているブランド品にしても、安心はできません。
同じ製品を使っている、隣のライダーと、配給元の親密度が異なれば、どちらが高品質なのかは判断できないことでしょう。
そこに、自身でこれから施す、変態処理が繰り返されていくわけです。
ついでに、世の中に出回っている、「新品は焼き入れしてから使おう」的な手法も施されるわけです。※
そして、この履歴だか、エージングだかは、いつまでやればよいのでしょうか?
見た目はほとんど同じなので、なかなか厄介ですね。
そして、「ブレーキディスクは購入してからの熱履歴により歪みが発生することがあります。」と言われる時点で、
熱履歴は焼入れ温度よりも低い温度(多分700度近辺)でも進行するということ。
あるいはその焼き入れ温度よりも低い温度でも歪みが出るということ。
あるいは、そもそも十分に「熱処理履歴」処理が十分に行われていないかもしれない。
ということなどが想像できます。
さらに、同じ型番だとしても、十分に「熱処理履歴」が施されたものと、ほとんど施されていないものが存在するということも想像できます。
この違いは初期不良の発生確率に直接影響してきます。
例えば、コンピューターのハードディスク(HDD)を販売前に、1周間酷使(エージング)して初期不良の製品を省いて販売するのと似ています。
元は同じ製品ですが、手間がかかるので、エージング後の価格は1桁高くなります。
HDDの品質は低価格化のために、高品質な製品を作るのではなく、初期不良を省くことで、実現していたりします。
この事がブレーキディスクにおいても、実際のマシンに装着されるまでの「熱履歴」処理の差となって現れていたりします。
ブランド物と、ノーブランドもの、さらにはディスクメーカーが用意した一品物との違いは、歴然としたものでしょう。
同じブランドでも、より高品質なの状態のディスクが、より大事なチームに渡るわけですね。
再研磨の価値
そこで、一見なんの関係もないとおもわれる、ブレーキディスクの再研磨、中山ライニングの出番です。
皆が真夏の祭典の8耐で盛り上がっているときに、同じく夏の夜の祭典、隅田川花火大会に行ってきました。
そして墨田区といえば「小さな博物館」 そして「ブレーキ博物館」中山ライニングのショールームに伺ってお話を伺ってきました。
中山ライニング
前置きが長くなったので、本題を要約すると、中山ライニングさんは、
ブレーキ関連のアフターマーケット、たとえばブレーキキャリパーのメンテナンスや、ディスクの研磨、ブレーキパッドのライニング張替えによる再利用等やケミカルも取り扱っている会社です。
大型車両向け?
レーシングマシンから新幹線、もちろん二輪も対象なのですが、メインはやはり大型車両なようです。
バイクの部品は直すのと、新品を購入するのとの価格差が少ないのと、
二輪はとくにオーナーのメンテナンスに対する意識が低いのでリスクが高くあまり参入メリットはないことでしょう。
二輪の場合の利用場面は、旧車やスペシャルパーツを使っている場合に限られてしまいそうです。
そんなアウェーな気分のなか、ディスク研磨の特徴を上げてみます。。
ディスク研磨
- ケミカルはともかく、鉄そのものは進化が止まっているのでディスクの材質に関しては昔との差は殆ど無いとのこと。
- ディスク研磨は一回約0.5mm研磨するので、2輪のディスクはもともとが薄いので、研磨できる回数が限られていること、
- 価格は5千円から1万円の間(交渉してください)
- 研磨する際には、ディスクのチェックを行うこと
- 作業時間は一日見積もって欲しいとのこと(朝イチで持ち込めば夕方渡せるということ)
- アナログディスクがCDディスクみたいな感じに仕上がります
値千金
扱っているものが、人命や、大事に直接関連している分野でもあり、技術屋さんなので、全然セールストークではなく、まるで二輪のディスクのリビルドは無駄みたいな説明を受けてしまったのですが、そんなことはありません。
値千金なのは、作業を行う際に、その道の匠がディスクの状態を確認するということです。
研磨できる厚さかどうかはもちろん、ディスクの歪みや、そのディスクの性質(当たりかハズレかや熱履歴具合)などを、当然チェックしてくれるということです。
副館長さんに、確認するとさすが職人、「そんなことは当然だ」的な目で見られます。
これで、無駄にレースを台無しにしてしまう確率が減らせるかもしれません。
エージング的に事前に焼き入れみたいなを施した後(実はただの練習走行)などに、一度見てもらえば安心してレースに臨めることでしょう。
もちろんついでにホールやスリットも加工できます。ついでに使っているパッドもなんとなく見てもらったり…
街乗りバイクでも、ある程度すり減った時点で一度再研磨することで自分の購入したディスクの、程度と寿命を見積もることが出来ます。

motoGPはカーボンですが、まだまだ鋳鉄ディスクは健在です。
本来なら、この件についてもっと深く掘り下げるところでしたが、
はなしは昔にさかのぼってしまいました…
トリクロルエタン
館長代理の杉本さんとは、ほぼ同年代だったので当然昔の話に・・・
ところがお互いの知識にズレが・・・
トリクロルエタンについてです。
トリクロルエタンは当時のパーツクリーナーの主成分で致死量が定められています。
毒素は体外に出て行ってくれないで蓄積してくれます。
そんな、猛毒は、当然使用禁止になり、現在のそれはトリクロルエタンに比べまるで洗浄力劣っています。
当時(1985位)、私はそのトリクロルエタン製のブレーキクリーナー(パーツクリーナー)でバシャバシャとパーツも、人体も洗っていた派、だったのですが、館長代理は、その頃にはその猛毒はもう存在しないはずだとのこと。
これは、先端の館長代理と、末端の貧乏ライダーでは、流通が違っていたのでしょうね。
そういえばワコーズさんから頂いたパーツクリーナーが異様に、よく落ちなくてがっかりしたことを思い出しました。成分的な問題だったんですね。
パーツクリーナーの洗浄力はその頃がピークで今のクリーナーはいまいちの洗浄力なようです。
当時からこのメーカーの売りであった、詰め替え式パーツクリーナーはやっぱり今でも、価格メリットは微妙でした。
そもそもガス圧ではなくエアコンプレッサーによるエアー充填なので、適正な割合にするのがめんどくさく、圧力も弱いので、メリットはエコぐらいしかないようです・・・残念。
そして花火大会
お邪魔した日が悪かったのですが、その日は隅田川花火大会!
閉館ということで、早々に追い出されてしまいました。
この研磨作業を扱っているのは都内の数店舗、東北支店の状況は聞きそびれ、、
まあネットで調べて連絡してみてください。
朝いちで依頼して夕方取りに戻る、みたいな計画で。
その価値はあるでしょう
さすが博物館
もう一つの収穫がありました。
日ごろ、まるで聞く耳を持たない、連れが何やら楽しそうにしていたことです。
ブレーキの構造やら、誤発進防止システムやらの話を興味深く聞いていました。
レースの話もこのレベル(小学生?)までブレークダウンしすれば話を聞いてくれるのかもしれないということです。

では。
毎回、乱文ですいません。
鋳鉄ディスクの熱履歴と再研磨(ブレーキング中は変態中)でした。
※「新品は焼き入れしてから使おう」がどのくらい必要で、その方法は正しいのか、どの程度正確かなどは、専門家に確認しないと信用できないと思いますよ>





















