スタートダッシュ(新解明国語辞典)
goo辞書の国語辞典によるとスタートダッシュの意味は次のとおりです
スタート‐ダッシュ 【スタートダッシュ】
《(和)start+dash》
- 短距離競走で、スタート直後の全力疾走。
- 物事の最初から全力を出して突進すること。「年末商戦に―をかける」
同じくgooの国語辞典でダッシュは次のとおりです
- ダッシュ【dash】
- [名](スル) 1 激しく突進すること。特にスポーツで、短い距離を全力疾走すること。「スタート…
何の事はない、こと、レースにおいてはスタートとスタートダッシュはイコールです。
そしてダッシュとは、そもそもスプリントレースそのものを称した状態ともいえます。
通常とは異なる、「耐久レースの時の作戦のようなスロースタート」とか「スタートに失敗した」時にのみ、「スタートダッシュではない」といえるのではないでしょうか。
そもそも、速さを追求するレースにおいて、この無駄に長ったらしい表現は、趣旨に反するので、ことレースにおいて「スタートダッシュ」は次のようなものだとお思いましょう。
スタートダッシュ(新解明国語辞典)
すたーとだっしゅ【スタートダッシュ】
通常の表現においての、スタート時に皆がスタートダッシュをしようと、実際にダッシュしているつもりの中いつもの様に上出来にスタートを決められた場合と、いつもはどうだか知らないが周囲のライバルよりも全力疾走がうまくいったらしくて相対的にポジションが上位に位置することが出来た場合のみ、レースの世界においての「スタートダッシュ」という言葉を使うことが許される。
つまり、レースにおいてダッシュとは、ダッシュが成功した場合のみ「ダッシュ」と呼んで良い特別な状態を表しています。
「普通のスタートダッシュ」という表現は存在していなく、誰かより上手く行った場合のみスタートダッシュな状態で、そのときに初めて「スタートダッシュを決めた」と表現してよいということです。
「スタートダッシュに失敗した」という表現は、「うまくいくことにうまくいかなかった」とか「上手にきめる事に下手した」みたいな表現であり、違和感が残ります。
単に「スタートに失敗した」といえば丸く収まることでしょう。
こと、レースにおいてのスタートダッシュはこのように使いましょう。
なぜここまで、こだわるかというと、
こと、レースにおいて、レース従事者がそのレースのテクニックやレースリザルトを向上させることに心血を注いでいる者達にとって、次のようなやんごとなき事情があるからです。
上手と下手(新解明国語辞典)
ことレースにおいて「上手」は褒め言葉ではありません。
さらにいえば、下手という言葉もその使用場面は通常のもの達とは異なります。
選手権に参戦しているということ
全員参加の盆踊りではなく、やりたいものだけが参加し、なおかつ、その評価基準が勝敗だったり、順位だったりするレースにおいて、なおかつ予選や、選手権を勝ち抜いてきたものにだけに与えられる参加権を得ている者にとって、その技術力は、もはや「下手」という言葉が不適切なことは自明の理でしょう。
さらに、上手という言葉さえ不適切な場合があります。
またまたgooの国語辞典によるとお上手とは次のようにあります
じょうーず【上手】
名・形動]
- 物事のやり方が巧みで、手際のよいこと。また、そのさまやその人。「字を―に書く」「テニスの―な人」「時間の使い方が―だ」「聞き―」「三国一の舞いの―」⇔下手 (へた) 。
- 口先で人のごきげんをとるのがうまいこと。また、そのさまやその口先だけの言葉。おじょうず。「―を言う」「まあ―な人だこと」
例えば部下にこのように言われたとしましょう。
「課長、カラオケがお上手ですね」
これはもう、(本当にカラオケが上手いかどうかはともかく)カラオケごときしか褒めることがないのか、上下関係が崩壊している「上から目線」の表れなのか、その場の空気を見てみないと真意はわからないのと一緒です。
この、上手におがついてお上手と言われるのには訳があります。
それは上手よりも上があるからです。
囲碁の世界では上手とは7段のことを表し、その上の8段を準名人(名人上手間)、そして最上位が9段の名人という称号があります。
上手は道半ばで、極めていない者への呼び名なので、頂点を目指しているレーサーたちにとってはどうでもよい表現と言えます。
そういう背景も含めて、レーサーさんに「上手」という言葉を使うのは危険を伴いますし、言われる側も鵜呑みにしてはいけません。
純粋に褒め言葉の場合(尊敬補)には多分「お上手」とはいわないので、「お上手」は丁寧語か謙譲語かあるいは皮肉と、とにかく、決して褒められてはいないのです。
あえて「上手」という言葉を使用された場合は、その言葉の使用者は、それを言われた対象者よりも「俺のほうが偉い人間であることのアピール」であるか、道半ばのやつ、と見下げられているようなものです。
ましてや「この、お上手者」とか言われてしまったら、それはもはやレーサーとしての威厳はどこにもありません。
れーすにおけるうまいとへた【レースにおける上手と下手】
レースを行う者にとって「上手」とはアタリマエのことであり、もちろん到達点ではない。
対して、レースを傍観するものにとっての上手下手は、よくも悪くもレースと傍観者の距離を縮めるためのツールであり、言われる当事者はいちいちそれを真に受ける必要はなく、別の観点からの表現と捉える必要があります。
たとえば「スタートが下手」といわれたら、それにもかかわらずそのポジションに居るということは、その他の部分が「上手い」のであって、その(下手な)結果レースそのものをおもしろくしてくれるので、「このヘタクソ」は「ヨ、千両役者」とイコールとも言えます。
さらにスタートがうまくなればもっと上のポジションに行けるとの励ましのコールともいえます。
下手という言葉も、世間一般の下手とは違い、その参加者の中での優劣をつけた上での順位とイコールです。
「スタートが下手」というのは、「予選30番手」と同じで、そういう評価を受けたら、それはそのとおりということです。
言う側が「お前はスタートが28番目だ」とか正確な数字を言えないのであえて「下手」というにすぎません。
下手という状態は、それは、より上位を目指せるという宝の山だということですね。
一方当事者が使う下手という言葉もまた、見る側とは意味が異なります。
もしも「スタートが下手です」とかいう場合は、「本当はもっと上手いけどイツモ失敗する」とかの意味だし、
「スタートで下手した」といったら「本当はもっと上手いけどタマタマ失敗した」ということで、「本当はもっと上手いのだ」との主張です。
こういう発言を聞かされたときには、彼女とかに愚痴を聞かされた時のように、そこそこ心配して、適当に受け流して、「次は大丈夫」と励ますのがセオリーだと、おもう。
レーサーの尊厳
結局、今回言いたいことは、レーサーは繊細かもしれない、ということです。
「たかだかレースごときに一所懸命になっていて、しかしその中で最高峰に位置するポジションにいる時に、素人に下手くそとか言われることに結構傷ついたりする人がいるかもしれない。」ということです。
ましてや最高峰を目指しているものに対して「上から目線」の発言はカチンと来ることでしょう。
実際に頂点を極めたものが後輩に対し見下すような発言はあまり聴かれないと思います。
対して頂点に立てなかった頂点コンプレックスのあるものが上手・下手を多用していたり……
なので当事者に対して、直接「上手・下手」という単語は結構NGワードだったりするかもしれません。
以上
スタートダッシュ(新解明国語辞典)
上手・下手(新解明国語辞典)
でした。
そういう意味ではとうとう全勝のまま引退してしまったボクシングのフロイド・メイウェザー選手を下手くそといえる人が、世の中に存在する可能性すらないことが本日決定しましたね。





















