イン側に割り込むということ (新解明国語辞典)
イン側に割り込むということ
野放し禁止
絡めば絡むほどよろこんでじゃれまくり。
本人は手加減しているつもりの甘噛みだとしても、じゃれて甘噛みするのが子猫ではなく、子パンダだったとしたらさすがに野放しにはできません。
それこそ周りは血だらけです。
しかし運営側にしたら客寄せパンダ……
そりゃあ罰せられません。
ダークな運営はともかくルールは因縁が残ってはいけません。
こんなのはどうでしょう?
制裁ではなく慈善活動に参加してもらおうという規則です。
sistema di supporto細則
- その1
明らかに一方的な理由で他のライダー(被害者)、あるいはそのマシンの一部に接触したライダー(加害者)は、接触1回につきそのライダーの年棒の1%を寄付(または支援)することとする。
別途課せられるその接触についてのペナルティなどとの関連は無いものとする。
寄付先、支援先は、あらかじめ用意したリストの中から任意に選ぶことができる。 - その2
上項は年間の発生率を鑑みて翌年の寄付率を決定することとする。 - その3
明らかに一方的な理由で他のライダー、あるいはそのマシンの一部に接触したことに起因して相手のマシンが損傷した場合には、その修復費と同額を寄付(または支援)することとする。
寄付先、支援先は、あらかじめ用意したリストの中から任意に選ぶことができる。 - その4
裁定に不服が出た場合には参加ライダーの多数決により決定することとする。 - その5
被害者側は加害者側の支援行為を免ずるという、非人道的な決定権を有するものとする。
sistema di supporto=イタリア語で支援制度(たぶん)

前科あり
どうでっしゃろ?
最終ラップの「満を持す」
まんをじす【満を持す】(新解明国語辞典)
オートバイロードレースにおいて、ライダーがレース最終ラップの最終コーナーとかで、相手のイン側に割り込みそのまま相手より先にゴール(フィニッシュ)しようともくろんだ時の、相手のイン側に割り込むというアクションを起こす決断を下す時の「心のさま」。
そもそも、そのアクションは最終ラップの最終コーナーでしかやれないリスクを含んだことであるのなら、「満を持して」ではなく、「機が熟す」とか、「千載一隅」「背水の陣」「四面楚歌」「不退転の決意」「破釜沈船」「済河焼船」「背水一戦」ではないのか!
確かにその時においてのポジショニングは大事だが、別に待つわけでも十分に用意するほどのことではないのではないか。
などと突っ込んではいけません。
なぜならその場面は、相手に実力で勝てない時の最後の最後に行うアクションだからです。
レースを興行的に盛り上げるためにも最後の最後にドラマが必要です。
その、勝者をたたえるために使われるこの「さま」を表すには、「隙を狙った」というようなマイナスイメージでは興ざめなので、勝者っぽい語感である必要があるからです。
相手より弱いのにもかかわらず「上から目線」というアンバランスは、ここでは不問とする場面です。
満を持す?
そもそもなぜ「満を持して」なのでしょうか?
ロードレースではほとんどの場合、ライバルというか、自分以外のライダーは思った通りには行動してくれません。
皆、「我先に」ですし、慈善事業でもないし。
そんななか、それも最終ラップなんかに思惑通りの展開を待つのは間違いです。
では内部的な「満」なのでしょうか。
「抜きたくて抜きたくてウズウズしていたのをここまで待った」ということですか?
もしも相手より実力が上だったら、満を持す必要はありません、前に出て抑え切れるでしょう。
最終ラップのポジションが2番手にいた方が都合がよいのなら、満は持さなくて2番手にいることは簡単です。
要するに、
相手に実力で勝てない時に最後の最後に行うアクションです。
それでも、「実力とはリザルトのことだ」は、間違いではないのでよしとしましょう。
イン側に割り込む
なぜ毎周やらないのか?
イン側に割り込むとは、
ストレートエンドやコーナリングのアプローチの前までに完全に相手より前に出ることができなくて、そのまま並んでコーナリングすることとします。
2015年第3戦のロッシとマルケスの状態ですね。
あらためて最終ラップで「満を持して」相手のイン側に割り込むとはどういうことかを考えてみましょう。
別に、わざわざ持さずに毎周やればいいじゃん、と。
他人事
まずは他人事として考えてみましょう。
「相手のイン側に割り込んでポジションを上げる」
これは特別なことではありません。
その機会があるのなら毎周、毎コーナーでやりたいところです(タイヤマネージメントが不要の場合)。
毎周トライしない理由が、たとえそのコーナーで抜いても、次のコーナーで抜き返されてしまうようなレイアウトであるためだったとしても、トライする価値はゼロではありません。
接触を恐れてというのも、言い訳にはなりません。
なぜなら、どちらの場合も、相手を紳士的にでもルールの範囲内ででも、跳ね飛ばすことはテクニック的に可能だからです。
ラインや、タイミングを工夫すれば済む話だからです。
では、なぜ最終ラップなのでしょうか。
リスクを伴うので最終ラップまで我慢した。
もっともらしいですが、これは正しくはありません。
どこでやってもリスクは一緒だからです。
正解は?
- 抜き返されない
正解としてよく聞くのが、「フィニッシュラインまでに抜き返されないで済む箇所でそれをやりたかった」ですね。
これならやり返されないで済むからです。
複数回チャンスがあるにしても、千載一隅のチャンスに乗じるわけですね。 - リソースを使い切れる
もうタイヤを使い切っても、体力を振り絞っても構わないからです。 - 温存する
相手にも当てはまるという問題はさておき、自身のリソースを温存することができます。 - やりたい
「最終ラップの最終コーナー」にはロマンがあります。
ぶっちぎりか、これです。
なんといっても、ざまあみろ感がマックスです。 - ファンサービス
盛り上がります。 - 一か八か
どうせやるならここですよね。
ライダーの実情
机上論の通りにならないのが常なロードレース。
ライダーとマシンは、いつでも100%のポテンシャルを発揮できているわけではありません。
ライダーは、たとえ100%の走りができるとしても、シーズンを通してのポイント獲得や、タイヤや路面などの不確定要素との兼ね合いや、限界を超えた時のロスタイムやロストポジションなどを鑑みてバランスをとってセーブしているわけです。
ここで、忘れてはいけないのが、いろいろな意味で総合力的には自分より前にいるライダーも、同じような状況で走っているということです。
同じリスク値では、抜くことができないと考えるべきな場面です。
それでも、イン側に割り込むことができるのは、相手の次元が低いのではなく、自分のマージンを削り取った走りを行うからです。
ライダー的には、いつもよりも高次元な走りでイン側に飛び込み、「何とかうまく曲がってください」という状態です。
想定外なことが起こりやすい状態での走行です。
仮にうまくいかなかったとしても、ロスタイムやロストポジションを辞さない決意なわけです。
決意の中身
ここで問題になるのが、
転倒してしまうことを想定したアクション(決意)なのか、タイムロスしてしまう程度のアクションなのか、相手に危害を加えないように十分に配慮されたアクションか、ということです。
これが転倒してしまったり、大きく進路妨害になったり、相手と接触してしまった場合は、危険行為と裁定されてしまうわけです。
しかも、この裁定は、政治的、人気的、メディア的、勢力図的、情勢的、人望的など、概して明確な線引きがされているかが不明な組織により、一方的に下されます。
その裁定次第で、たとえ相手に迷惑をかけたとしても、おとがめがなければ「英雄」になれるわけです。
これらを含めて、やるやらないを決めるわけです。
これがまさしくライバル同士だったら、「当然やる」でしょう。
ロッシとマルケスの場合
さて、引き続き、2015アルゼンチンGPのロッシとマルケスについてです。
今回は、マルケスがイン側に割り込んだ結果、接触してしまいました。
そしてその後、再び接触して、マルケスは転倒リタイヤとなりました。
接触した場合のその後の状態には2種類あります。
- 何事もない
何事もない場合は、たぶん最高の結果になっていたでしょう。 - 何事かある
接触した結果、さらにより旋回性が上がるなど、幸運な結果もあるかもしれませんが、たいてい、何らかのロスにつながるでしょう。
暴れたり、膨らんだり、失速したり、体勢が乱れたり。
ただでさえ通常より不安定な走行時での不測事態なので、接触する前より確実に状態は悪化します。
どちらにしてもその状態でできることは「その状態でのベストを尽くす」でしょう。
ロッシの場合
想定していたにしろ、突然だったにしろ、イン側に割り込まれたことに気がついた場合は、とりあえず心拍数が上がったことでしょう。
それでも今年のロッシがそれしきのことで縮こまったりはしないでしょう。
とりあえず前方に障害物がなければ、そのままのライディングを続けるのではないでしょうか。
しかし今年のロッシの特徴である繊細なコントロールにも影響が出て、そのアクションは大げさになる傾向になるのではないでしょうか。
「蚊に刺された程度だったが、そのせいでお尻がかゆくなった」ため、必要以上にオーバーアクションになったとしても、それは「蚊に刺された」せいです。
ロッシとしては、こんな感じでしょうか。
とにかくこの攻防により、ロッシ自身が掲げていた目標「マルケスに汗をかかせること」をいとも簡単に達成してしまいました(転倒後の全力疾走のことです)。
恐るべし。

速い!
最近のレーシングスーツは動きやすいのでしょうね。
マルケスの場合
接触した結果ロッシよりも自身のほうがダメージが大きかったようです。
コーナリング中の接触は、バランスの崩れやトラクション不足により、膨らむか、バイクをさらに寝かしてしまうことなどでさらにスリップを誘発する、などの傾向になることでしょう。
とにかく、イン側に割り込む作戦は失敗です。
残るは敗戦処理です。
敗戦処理といってもそのコーナーでは敗戦だっただけで、次のポイントに向けての立て直しです。
しかし、その敗戦処理にはほとんど選択肢がなく、定めに従ってふらふらと……
マルケスの接触してしまうような最初の走行自体はミスと呼べたとしても、その後のアクションは、あのように走り続けるのが正しい選択肢でありミスでも罪でもないと思います。
あの時点でラインを変えることも、スロットルを戻すことも考えられないでしょう。
マシンがこれ以上暴れないように繊細に、しかし前向きにアクセルコントロールする場面だったと思います。
ところが気持ちとは関係なく、アクセルコントロールをしたいときには、ライダーはセンターポジションに戻ってしまいます。
リーンウィズまで行かなくても両手両足+腰でコントロールできるような体勢に戻ろうとしてしまいがちです。
その結果、いつもより緩いラインになってしまい、そのラインはロッシと交差するようなラインだった。
この状態では、ロッシの走行位置やラインを把握していたとしても、接触回避の行動をすることは困難だったと思います。
結局、実際には、ロッシには回避してあげる状況把握ができてなく(する必要もないですが)、マルケスには回避する余裕も手段もなかったということです。
めでたしめでたしです。
これが見たかった
では、最初の接触に至ったイン側への割り込みが危険行為か? というと、
もう数センチ、倒し込みの位置を手前に持ってくるか、もう少し旋回性が上がっていたら、接触しなくて済んだことでしょう。
そうしたら完璧な割り込みです。
そしてパッシングがみられたことでしょう。
多くの観客はまさしくそれを期待して観ていたはずです。
そんなマルケスを見積もり違いと責めることはできないでしょう。
問題は危険行為の尺度が皆違うということ。
長々と書いていますが、これは遠巻きにマルケスを肯定している投稿です。
では

なんか昔は、クリーンだったよね。


























